PINK FLOYD

ATOM HEART MOTHER

1. Atom Heart Mother  (a) Father's Shout (b) Breast Milky (c) Mother Fore (d) Funky Dung (e) Mind Your Throats Please (f) Remergence  2. If  3. Summer '68  4. Fat Old Sun  5. Alan's Psychedelic Breakfast  (a) Rise And Shine (b) Sunny Side Up (c) Morning Glory

これは「原子心母」と呼びます。あまりに見事な直訳。ただし、読み方は「げんし しん ぼ」です。僕が初めて聴いたのは小学校の終わり頃か中1の頃だったはず(発表後2,3年)。もちろん当時はLPね。
A面はタイトル曲の「原子心母」のみ。その1曲の長さ、オーケストラや効果音を使った組曲構成。B面の方には最後に朝食風景の録音みたいなのが入っているし、12か13歳の少年だった僕は、最初はただ驚きましたね。

僕の驚きは「びっくり」っていうより、「何だろう、これ」って感じだったと思うけど、でもその第一印象は少年に限らず、大人のロック・ファンもみんな同じだったかもね。発表は1970年。

僕がガキの頃、少年の頃は、外国映画にしろ所謂「洋楽」にしろ、やたらと邦題がつけられたりしてて、多分オリジナルからとんでもなく離れてしまった意訳モドキが多かっただろうけど、それでも中には傑作もあった。「原子心母」はその一つだね。

「原子心母」は組曲だけど、(b) Breast Milky の「ミルクたっぷりの乳房」、(d) Funky Dung の「むかつくばかりのこやし」などの邦題タイトルも素敵(笑)。少年の頃の僕も間違いなく気に入ってたね。LPのB面の3曲目に当たる Fat Old Sun は、「デブでよろよろの太陽」という邦題がついていました。このアルバムの曲名の翻訳・邦題に関わった人はけっこう詩人だと思います。

1曲目、つまりLP時代のA面全てを占めた「原子心母」は、聴いてもらうのが一番。未だの人は是非いちど、騙されたと思って聴いてください。まぁ人間、騙されたと思って何かするのは不愉快か、兎にも角にも聴いてくださいな。
ただ、何かのついでとか、気が散る気分の時とか、そういう時じゃなくて、聴くという行為にそこそこ集中できる時の方がいいかな。・・・と言いつつも、何かふっと別のこと考えても、わりとテキトーに聞いていても、「原子心母」の中の部分部分が時々ぐぐっとリスナーを引き込んでくれると思いますが。

タイトル曲が注目されたし、されるのは当然だけど、残りのLP・B面の曲も、これがなかなかどうして、味わいがある一品の集まり。
If は 歌詞 もよいし、起伏の少ないメロディもそれに合ってる。
Summer '68 は、独特のドライブ感がある曲。タイトルも何だか僕は好きだ。聴く人それぞれの1968年夏ってものを想起させてくれるかもね(もっとも '69年以降生まれの人はどうだか知らないけど)。
Fat Old Sun は、なんかこれも、独特の哀しさがあるんだな。過ぎ去ってしまったもの、手から零れ落ちたものに向かう喪失感。歌詞の意味は考えたことないけどさ、この曲を聴くと、僕にはそんな感情が浮かんでくることが多いんですよ。
アランのサイケデリックな朝食は、文字通り、だね。何がサイケかって訊かれても即答できかねますが(笑)、名は体を表わすのさ、ここでは。

A面の大作・組曲は、当時の僕はこれこそ「プログレッシブ・ロック」だって思ったものだけど、今となればクラシック? でも、どう呼ぼうが良いものは良い。僕は今も、「原子心母」の世界は好きだね。
B面の曲も、他に同類がどこにもないって感じで、要するにユニーク。一風変わった佳曲の集まりだと、前っから僕は思ってる。少年の頃から、そう思ってました。

この「原子心母」、中学生の頃の忘れられないエピソードがあります。
学校の音楽の時間にこれを僕が持って行って、教室でかけてもらった時のことです。

音楽担当の男性教師は、その時間、好きなレコードを持って来なさい、みんなで聴いてみよう、なーんて企画を生徒に伝えていたのでした。で、僕が学校に持って行ったのは、この「原子心母」。その時に偶然、家で聴いていたからか、それとも単に少年の生意気さが表れたのか、その時の僕の気持ちがどうしてこの曲に向かったのか、それはもう憶えてない。だけど、長い曲だから、相当時間を使ってしまったはずだなぁ。

当時の中学の音楽教師だからね、「クラシックだけが音楽」みたいな堅物が多かったと思うけど、こういうオーケストラの使い方は気に入らなかったかもしれないな。この曲のバイクの音や馬の鳴き声(いななき)などの効果音を除けば、当時の「現代音楽」と呼ばれるジャンルにも既にこういう世界はあったと思うけどな。
でもその教師の顔は、少し薄ら笑いを浮かべて、この曲のどこがいいのかね?って感じてる表情に見えたね、少年の僕の眼には。

・・・で、曲が終わってから、教師は教室のみんなに向かって、「今の曲がいいと思った人?」ってわざわざ尋ねたんだよ。
僕はみんなと仲良くしてたけど(笑)、「原子心母」を初めて聴いた(聞いた)みんなは、多分、なんだろうなぁこれ・・・って印象だったと思うな。教師の問い掛けにも当惑してる感じだったもん。
だけど、一人だけ手を挙げてくれたのを、30年以上経った今でも、僕はよーく憶えてる。その時の教室風景もちゃんと眼(頭)に浮かぶ。
たまたまそうなったんだろうけど、その、一人手を挙げた彼は、後の僕の結婚式にも、僕の田舎から呼んで参席してもらった友人だ。今でも、田舎に帰れば、たまに会って飲んだりする。

「原子心母」を教室で聞いて(聴いて)、教師に「いいと思った人いるの?」って訊かれ、一人だけ手を挙げてくれたこと、たぶん憶えてるのは僕の方だけだろうけどなぁ。なぜかこっちは妙に憶えているもので、それに、どこかこう、嬉しい気持ちが心の中で湧いてきたのもよく憶えてる。少年の時の経験って、わりとはっきり思い出せる場面がいくつかあるんだけど、そういうのはどうやって選択されて記憶に残っていくのかね。選択っていうより、結果なんだろうけどさ。

(2006年 5月14日、記)



PINK FLOYD

MEDDLE

1. One Of These Days  2. A Pillow Of Winds  3. Fearless  4. San Tropez  5. Seamus  6. Echoes

これがピンク・フロイドの最高傑作。・・・えっ? 最高は THE DARK SIDE OF THE MOON じゃないかって、THE WALL じゃないかって? それを言うならあなたはモグラ、じゃなかったモグリ。最高傑作は絶対これ。発表は1971年。僕が最初に聴いたのはたぶん1973年以降、中学生の頃のはず。

まぁ最高ってのは一リスナーである僕にとってのってことで、これはもちろん他人に押し付けるものではないですね。ただ、とにかく、この「おせっかい」が僕は一番好きで、そう、もっと言えば、「おせっかい」や「原子心母」の方が、「おせっかい」の後の時代、つまり「狂気」以降よりもいいと思ってる。

このアルバム「おせっかい」の後、ピンク・フロイドは「狂気」、THE DARK SIDE OF THE MOON で完璧なエンタテイメント性を持ち、その後、実は迷走していったような気がする。実はそれはそれで面白い軌跡なんだけど。WISH YOU WERE HERE で停滞し(しかし美しいアルバムだ)、ANIMALS で深みにはまり、THE WALL で叙情を排して叙事詩の舞台劇を作り上げ、その後は THE FINAL CUT してしまう。その先はウォーターズとギルモア、メイスン、ライトに分かれて活動する、別のピンクだ。

さて、大作 Echoes が注目されがちだけど、LPレコードのA面に入ってた5曲、これらがまた良くて、独特の味わい。
レコード盤に針を落とせば(まぁ僕は今CDで聴いてるわけですが)、風の音、嵐の音、まさしく「嵐を呼ぶ」ようなベース音が響き出し、リズムを刻み始め、キーボードの音が鳴り出す。兎に角このイントロからずっと最後まで、一言で言って、聴くものをぐいぐい引き込むカッコよさ。
邦題「吹けよ風、呼べよ嵐」は曲調そのまんまという感じだが、原題の直訳は「いずれそのうち」「いつかそのうち」「近いうちに」「近日中に」ってとこ。「いつかぶっ飛ばされるぜ」って風情の曲にも聞こえるけど、僕は邦題も好きだ。僕のようなプロレス・ファンには、アブドーラ・ザ・ブッチャー入場のテーマ・ソングに使われたのは超有名。そのイメージが強過ぎる人もいるだろうけどなぁ(笑)。

嵐が過ぎ去り残像のような風の音の中で始まる、A Pillow Of Winds 、これはまさしく「風の枕」。僕の頭に浮かぶのは「雲の枕」って感じもするけど。1曲目と打って変わって、安らかに眠らせますね、これは。

3曲目もいいね。恐れ知らず、勇敢な、大胆不敵。最後にはサッカー場での群衆の歌って感じの歌声が流れる。群集もしくは大勢の人々の集まりを象徴するものだと思うけど、これもけっこう印象的。

San Tropez は、テンポがよい、ややブルージーな曲。ノリがいいけど、大ノリはさせないけど、足でリズムを取らせてくれる。身体も揺らしたくなる。

5曲目はシーマスという犬が登場。犬の鳴き声とブルーズが何故か波長を合わせる。ピンク・フロイドがブルーズを演ってるって妙な感じもしかねないけれど、しかしブルーズという感じをさせないのがまた不思議、明らかにこの曲はブルーズではあるんだけどねぇ。これでA面は終わりだね。レコード盤を引っ繰り返したなら、B面全てを占める Echoes が待ってる。

Echoes は聴いてください。僕はやはり前期ピンク・フロイドの一つの到達点だと思う。・・・というような批評的コメントはさて措いても、この世界は唯一無比。まぁこれも批評的コメントというやつか。僕は他のことから離れてこの世界の中に入れたし、高校の頃など、催眠音楽(笑)にも使ってました。ま、眠りにつく時にかけてたわけ。・・・音楽も詩もいいです。
僕はフロイドがポンペイの遺跡でこの曲を演奏してる映像を持ってるけど、当時の技術だから録音は良くないにもかかわらず、そんなことはどうでもよいと思わせる映像と音楽と詩の融合が観るもの聴くものを圧倒してくれます。

この Echoes 、高校の頃にライブ録音を持っていました。ラジオからだろうか、音源を思い出せないけど、テープに録音したもの。それを高校時代につきあってた女の子に貸してあげてね(というか押し付けたようなもんだろう、フロイドを聴くタイプの女の子じゃなかったと思うけど、特に少年の頃なんか、自分の好きなものを押し付けたくなるだろう?)、それを彼女が聴いてるうち、テープが何故か切れちまって、台無しになってしまったんだね。僕はえらい不機嫌になったのを憶えてます。僕は冷たかったかね(笑)。

この ECHOES の音楽と歌詞(詩)が、映画 2001: A SPACE ODYSSEY の最終章 JUPITER AND BEYOND THE INFINITE の映像とその展開(物語)に強烈にシンクロするという話があって、これは本当です。詳しくは 僕の映画評 の下の方に記した追記と、そこからとある日の僕の日記へのリンクを参照してくださいな。僕はやってみて、実際に摩訶不思議なシンクロニシティを体験できました。いや、面白かったわ。

(2006年 5月21日、記)



PINK FLOYD

THE DARK SIDE OF THE MOON

1. Speak To Me  2. Breathe  3. On The Run  4. Time  5. Great Gig In The Sky  6. Money  7. Us And Them  8. Any Colour You Like  9. Brain Damage  10. Eclipse

普通(?)、これをピンク・フロイドの最高傑作と呼ぶ。・・・だけど僕は、MEDDLE が最高です。さらに僕の次点は、ATOM HEART MOTHER かもしれない。
THE DARK SIDE OF THE MOON は邦題は『狂気』でした。月の裏側、狂気。よくできた邦題だと思いますね。まぁ原題の方が深遠な感じはありますがね。

このアルバムは1973年のリリース。僕は中1の時に、日本で(もちろんLPが)発売されて、わりあい早いうちに聴いたと思う。買ったのは兄貴かな? 上に掲げたのは当時のジャケットだね。右側は、最近、僕が買ったCDのカバーです。こっちは今世紀に入ってからのリマスタリング。

僕は初めて聴いた時、身体が震えたのをよく憶えてる。レコード盤に針を落とし、心臓の鼓動が聞こえ、叫び声とともに『狂気』の世界が幕を開ける。それを何故かブルブルっと身体を震わせながら聴いた。けっこう衝撃的で刺激的な音楽だった。

それが、面白いもので、ずいぶん時が経過してから、実は『狂気』は、当時プログレと(つまりELPやクリムゾンとかイエスとかキャメルとかさ…)一括りにされがちだったピンク・フロイドが、『狂気』というアルバムでは、従来の幻想的、叙情的な独特の世界の上に、さらに音楽としての上質なエンタテイメント性を加味してみせたものだった、僕はそう気づくようになりました。いつの頃からだったかなぁ。まぁ印象はそうやって変わったりする場合があるのさ。

僕は MEDDLE や、ATOM HEART MOTHER の方が好きではあるけれど、どっちがポピュラー・ミュージックという範疇でよくできているのかって言えば、まぁ『狂気』なんでしょう。実際、最初から最後まで、途切れなく繋がり、完全にコンセプトを貫き通しながら、しかしそれでいて音楽として、またアンサンブルとして、非常に完成度が高いです。聴いていて、楽しめる。僕は何故か、中1の少年時代は、聴いて楽しむよりも、何か衝撃を受けた感じだったな。子どもだったってことかね。いや、当時なら大人でも多くのロック・ファンが強烈なインパクトを受けていたと思うけどな。

心臓の鼓動、走る人間の足音、鳴り響く時計、レジの音、あるいはスロット・マシーンの音? まぁ色々な仕掛けがしてあって、一つ一つはこけおどしかもしれないが、それらが実に上手く効果的に使われてる。 Great Gig In The Sky は邦題「虚空のスキャット」だったかな? このスキャットも素晴らしかった。

Brain Damage では、 I'll see you on the dark side of the moon というアルバム・タイトルに触れた歌詞が出てきます。そして、最後の Eclipse は日食を意味する英語だけど、邦題では「狂気日食」だった(笑)。この歌が、... and everything under the sun is in tune, but the sun is eclipsed by the moon. というフレーズで終わり、再び心臓の鼓動が聞こえてきて、アルバムが終わります。

Brain Damage の歌詞は、 The lunatic is on the grass というフレーズで始まるけど、lunatic っていうのは、つまり、狂人、精神錯乱者、心神喪失者のこと。形容詞なら、ばかげた、気の狂った、狂気の、精神錯乱の・・・ってとこ。
lunar という形容詞は、月の(ような)、月の運行で測った、月に似た、月の影響による、太陰暦の・・・っていうような意味です。

このアルバムの邦題は、けっこう、まともなんですよ。今度、月をじっと眺めてみてくださいな。

(2006年 7月 9日、記)