THE GRADUATE


(1967年 アメリカ映画)

監督 : Mike Nichols
主演 : Dustin Hoffman, Katharine Ross, Anne Bancroft
音楽 : Paul Simon (Simon & Garfunkel), Dave Grusin

「卒業」です。僕も属すある特定の世代には何の説明の必要もないかもしれません。これが別の世代だとこの2文字で誰かの流行り歌を思い出す、しかもその誰かが世代によってまた変わったりする。これだから、「時代は変わる」のですね。

たしか未だ僕が小学生だった頃、薄汚れた服を着たダスティン・ホフマンのベンジャミン・ブラドックが、教会の窓ガラスを外から叩きながら「エレーーン!」と叫び、一瞬の静寂の直後に、結婚式真最中のウェディング・ドレスを着たキャサリン・ロスのエレインが「ベーーン!」と応えるシーン、この超有名なシーンが、何かのテレビ・コマーシャルで流されていました。何のコマーシャルだったのかなんて、もう憶えていません。どこかのメーカーのチョコレート辺りだったかもしれません。

昔はたぶん、日本のほとんどの田舎町に映画館がありました。人口2万余の僕の故郷の町にも、映画館があり、夏になると怪獣映画や怪談映画を観に行ったものです。
僕が小学校を卒業する頃か、卒業して中学に入るまでの間ぐらいだったような気もします。そんな僕の田舎町の映画館に、何とリバイバルの「卒業」がやってくる(既にその時点でリバイバルでしたからね)。町内には「卒業」のポスターが貼られたり、立看板も出ていたように思います。僕と何人かのませガキ仲間は一緒に観に行く約束をしていました。そして、本当に観に行きました。行ったのですが、その間に僕の町の映画館は廃業に追い込まれてしまっていました。子供の僕らには想像もしてなかったことなのですが、もう営業していなかったのです。その日、既に僕の町には映画館はなくなっていたのです(建物は未だあったはず)。結局、「卒業」は僕の町にはやって来ませんでした。何だか切ない、淡い思い出です。

中学になって、僕は早川書房辺りが出していた(と思うんだけど)「卒業」の原作小説の文庫本を買って(買ったのは3歳上の僕の兄貴だったかもしれません)、熱心に読みました。読んでる時も、頭の中で描かれるベンジャミンはダスティン・ホフマンの顔をしていて、エレインはもちろんキャサリン・ロスでした。時には、頭の中で、サイモンとガーファンクルの音楽が流れていたかもしれません。サウンド・オブ・サイレンス、ミセス・ロビンソン、スカボロ・フェア・・・。僕にとっての「卒業」についての文章の中では、こうしてカタカナで書いた方がしっくりきます。

この映画にはサイモンとガーファンクルの音楽がたくさん使われています。当時の僕の感覚からすれば、S&G でも Simon & Garfunkel でもなく、「サイモンとガーファンクル」です。彼らの音楽は僕にとっての洋楽とか青春(!?)みたいなものの入口で流れていたものでした(ま、その前もチャールズ・ブロンソンが出てたマンダムのCM音楽とかショッキング・ブルーの「悲しき鉄道員」とかも懐かしいけどね、笑)。この映画、改めてウェブでチェックしたら、デイヴ・グルーシンも音楽に関わっていることを知りました。何か他の挿入曲とかかな・・・。確かにわりとあるよな。まぁでも僕の「卒業」にとっては、音楽はサイモンとガーファンクルの話題で十分でしょう。

未だ若手というか新人みたいなものだったダスティン・ホフマンの名演は間違いないし、その後の彼のキャリアは言わずもがなだけど、キャサリン・ロスの清廉なイメージも、本当にエレインにハマリ役でした。最初はエレインに興味なかったベンジャミンに無理矢理ストリップ劇場に連れて行かれ、最前列に座らされて涙するシーンは印象的でしたね。キャサリン・ロスは後年は銀幕に登場しなくなってしまったんじゃないかと思うけど、「明日に向かって撃て」なんかでも良かったな。ポール・ニューマンの自転車に二人乗りして、「雨にぬれても」が流れるシーンなんて・・・。あ、話が別の映画に行っちまった。

冒頭に記した、日本のテレビ・コマーシャルにも使われたシーン、映画では、その後ベンはエレインを教会から連れ去ることに成功し、そして二人は通りかかったバスに飛び乗ります。二人がバスの一番後ろの席に座ると、バスが動き出します。そこで二人がお互いを見合って、微笑むんだね。いいラスト・シーンでした。ここでサウンド・オブ・サイレンスが流れるんだっけ?

今考えれば、ミセス・ロビンソンを演ったアン・バンクロフトは相当な名演だったと思うな。って改めて思うんだけど、実際この「卒業」は 1967年のアカデミー賞の作品賞、主演男優賞、主演女優賞、助演女優賞、監督賞、脚本賞、撮影賞と実にたくさんノミネートされていて、主演女優賞にノミネートされてるのはアン・バンクロフトみたいですね。キャサリン・ロスは助演女優の方。ストーリー展開的にはそれが正しいかもしれませんが、そのエンディングの方だけに注目すれば、ちょっと意外な感じもします。主題からすればこうなるんだろうな。流石にちゃんと考えてノミネートしてるもんですなぁ(笑)。
(ちなみにオスカーを最終的に受賞したのは監督賞のマイク・ニコルズだけだったようです。)

当時の時代が生み出した映画という感じです。今的な感覚で見ても、リアル・タイムな感覚で感動するという種類の映画ではないと思います。その時代が生み、とりわけその時代の特定の世代の心を動かした映画だと思います。言うまでもありませんが、「卒業」という言葉は、大学を優秀な成績で卒業したベンジャミンという主人公の設定がまずありますが、それは設定であって、もっと広い意味を象徴しているものでしょうね。「卒業」って学校だけでなく、他のいろいろなものからも「卒業」するケースに使える言葉とか概念になりますが、「卒業」するってことはまた始まるんですね、何かが。何が始まるかわからないけれど、何かが始まるんだ。言ってみれば、そういう終わり方だと言えるかもしれません、この映画も。青春映画みたいなものの一つの典型かもしれないですね。

ところで、田舎の映画館が廃業になって「卒業」を観れなかった僕は、上に記しましたがその後原作小説を読み、そして結局、テレビでこの映画を観ることになります。中学を卒業するよりは前だったと思います。高校の頃も観たような気がします。そして大学に入り、大学を卒業しましたが、もしかしたら、結局のところ映画館では観ていないかもしれません。記憶に無いのです。そして、今現在は中年オヤジに至っている僕ですが、今現在の中年オヤジの僕は、未だに何かから「卒業」できていないように思い、苦しい気持ちになったりしています。まぁこれはこの映画の具体的なストーリー自体とは全然関係ないけどね。卒業って言葉そのものは、どうも深い言葉なのかもしれません。

追記: アップしてから何故か気になったんだけど、THE GRADUATE って原題は厳密には「卒業」じゃなくて「卒業生」ですね。ま、しかし邦題が「卒業」だったのは、これはこれで良かったんじゃないでしょうか。直訳して正確に語感が伝わるってもんでもないしね。含意しようとするところには大差ないように思います。

(2003年8月3日、記)

(2003年8月4日、追記)